五月人形を買おうとお考えになっている東京近郊在住の方なら、
「人形の街」と言われる浅草橋を訪れてみてはいかがでしょう。
JR総武線「浅草橋」の駅前は、南口には問屋街が広がり、
北口に人形店や問屋が数多く点在しています。
そんな人形の街「浅草橋」の五月人形の代表的お店と言えば、
正徳元年(1711年)創業の老舗、吉徳大光です。
吉徳大光は日本でもっとも古い人形専門店として有名ですが、
吉徳大光の名を知らなくとも「人形は顔が命」と聞けば、
それは知っているという方も多いのではないでしょうか。
創業以来、老舗の伝統と格式を守り続け、
末永く愛される人形を作る人形店の老舗中の老舗です。
そして天保6年(1835年)創業という吉徳大光に続く古い歴史を持つ人形の久月。
伝統と格式を重んじた昔ながらの人形を始めとし、
現代のニーズに合ったオシャレな人形まで、必見の老舗と言えるでしょう。
これらの二店に比べると後発組ともいえる原孝洲は、
それでも創業は明治44年(1911年)という古さで、
やはり100年もの歴史をもつ人形専門店の老舗です。
「無形文化財」となった先代の技術を受け継いでいる人形は、
数多くのファンを抱え、一度は手にしたい人形とまで言わしめるのです。
他にも浅草橋には大小さまざまな人形店がありますが、
先に紹介した三店の五月人形をご覧になった上で、
いろいろ見て回ってはいかがでしょう。
端午の節句といえば五月人形、五月人形といえば「久月」が有名です。
五月人形で名高い久月の総本店は、
雛人形をはじめ人形の街として有名な東京は浅草橋にあります。
創業は天保6年(1835年)と長い歴史と伝統を誇っている人形の老舗で、
「170余年の歴史と経験を活かした、自然で調和のとれた無理のない商品作りを大切にする」
という精神の下、昔と変わらぬ人形作りをしています。
しかし、伝統的な五月人形と言っても時代のニーズというものがあり、
久月では、その格式、伝統を守るという老舗らしさを保ちつつ、
最近では、ハリウッドでも有名な超一流デザイナーである「ワダエミ」を招き、
その監修の下、「ワダエミ」シリーズの作品なども手がけるようになりました。
また子どものお祝いを記念に残るものにしたいと思う親御さんが多く、
そんなニーズに応えるべく五月人形の久月の一部の商品では、
「Qプレミアム」というお子さんの名前に、
生年月日を刻印したプレートを付けた人形も用意されています。
端午の節句で飾る五月人形をどこでお求めになるかは、
ご予算やお住まいの地域などの事情もあると思いますが、
五月人形は一生の記念となるお買い物ですから、
伝統や格式、技術などに信頼できるところがよろしいかと思います。
その意味でも名高い五月人形の老舗として、
人形の久月の作品を一度はご覧になっていただきたいものです。
端午の節句の飾りで思い浮かぶのは、
風に泳ぐ鯉のぼりやまさかり担いだ金太郎人形です。
しかし最近は復古調というのでしょうか、
古い時代の端午の節句の飾りの定番であった鎧兜が人気を呼んでいます。
兜を真ん中に置き、左右に弓と太刀の飾りを置くのが一般的で、
スペースを取らないコンパクトなものが、
「鎧兜飾り五月人形」という名称で多く出回っています。
「鎧兜飾り五月人形」には「江戸甲冑」と「京甲冑」の2種類に分かれますが、
その違いは作り方によるもので、見た目でも分かるものです。
「江戸甲冑」の特徴としては、派手な飾りはないにしても、
落ち着いた重厚感があり、いかにも合戦の場にふさわしい鎧兜です。
対して「京甲冑」は装飾金具を取り入れ、金箔を多用し、
龍の前立てを配するという、いかにも京ならではの、
優雅な雰囲気がかもし出されている鎧兜になっています。
「鎧兜飾り五月人形」は見た目の印象で選べばいいと思いますが、
こんな違いがあるということを知って選んでいくと、
楽しさが倍増するのではないでしょうか。
また「鎧兜飾り五月人形」に太刀や屏風は欠かせません。
人形店など、店先で見るとそういったものが相俟って、
店先の見た目だけで買ってしまうこともあるとは思いますが、
ご自宅のどの場所に飾るのかを考えた上で選ぶことも大切なことです。
端午の節句と言えば5月、さわやかな薫風に鯉のぼりが泳ぐ心地よい季節です。
端午の節句は奈良時代のころに始まったとされ、
鎧兜を飾ることで男の子の心身の健康、安全を祈願するものでした。
さて端午の節句には五月人形を飾りますが、
「外飾り」と「内飾り」という種類に分けられます。
「外飾り」とは外に飾る鯉のぼりのことで、
鎧兜、人形などを「内飾り」として飾ります。
五月人形は江戸時代の初め、武家で義経や弁慶の人形を飾ったのが始まりとされ、
「武者人形」とも呼ばれ、今のような兜と人形に形を変えてきているのです。
五月人形の飾り方には関東の平飾りと、
関西の大将飾りとに区別されるようですが、
それほど差異はなく、どちらも鎧兜を中心として、左右に弓矢と太刀、
後方には屏風などを立て、前方に陣笠と軍扇を配します。
最後に、のぼりと吹き流しを飾り、前列左右にかがり火、
中央には菖蒲酒とかしわ餅、ちまきを供えると五月人形の飾りつけはすべて整います。
いずれにしても飾り方に厳とした格式があるわけでもないですし、
最近はそこまで五月人形を調える家庭も少なく、
兜と太刀だけといったように簡素化が進んでいるようです。
また五月人形を飾る時期ですが、
4月の終わりころまでに調えればいいでしょうし、
験を担いで大安の日に合わせてもいいかもしれません。
端午(たんご)の節句は奈良時代から続く古い行事です。
端午というのは、もとは月の端(はじめ)の午(うま)の日という意味で、
5月に限ったものではなかったのですが、午(ご)の音が「五」に通じていることから、
五が重なる五月五日を端午の節句にしたという説が有力です。
端午の節句である5月5日には、菖蒲湯に入ったり、
菖蒲酒を飲むという風習が古くからありますが、
今の私たちにも身近なのは鯉のぼり、鎧兜に五月人形ではないでしょうか。
かつての武家社会には武運長久を祈る尚武の精神というものがあり、
家長制度を重んじていた日本では、男の子が誕生すると、
その尚武の精神から鎧兜や武者人形を飾る風習があったのです。
そして菖蒲という季節の花の音が同じというところから、
菖蒲湯に入り、菖蒲酒を飲むことでさらにその祈りを強くしたのです。
また鯉のぼりは竜門の急流を登ることができた鯉は竜になるという、
中国の故事「登竜門」に由来するものです。
そして水から揚げられてもジタバタしない「まな板の鯉」は、
武士の潔さとも重ね合わせることもでき、
男の子の祭りの縁起物として鯉のぼりが世に広まったと言われています。
日本は古くから端午の節句を始めとして、
女の子のお祭りである「桃の節句」なども含め、
子供が健やかに育つことを祈りながら節目節目を大切にしてきました。
忙しい時間を過ごす現代社会に生きる我々も、
端午の節句のような節目の時こそじっくりとわが子を見つめ、
折り紙で兜を作るも良し、オモチャの鯉のぼりを飾るのも良し、
先人の祈りに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。